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名古屋地方裁判所 昭和47年(行ウ)33号 判決 1976年5月19日

原告 安野宏枝 ほか一名

被告 名古屋中税務署長

訴訟代理人 遠藤きみ 北島詔三 ほか二名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因一ないし三の事実(原告らの相続関係、本件相続税・贈与税各課税処分の内容経緯等)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  相続税について

原告らの相続財産であるとして被告が主張する別表(四)(相続財産種類別明細表)記載の財産(負債も含む)のうち、番号1、2、5ないし9、11ないし17、20、23各記載のものについては争いがないが、番号3(株式)、4(出資金)、10(経過利息)、18(預金)、19(未収給料)、21(贈与税)、22(延滞税)各記載のものについては、原告らはいずれも同別表「原告申告額」欄記載の各金額を超える限度でこれを争うので、以下判断する。

1  芳正興業株式会社の株式の評価額(別表(四)番号3)

(一)  被相続人安野次郎が有していた芳正興業の株式(五、一二七株)の評価について、被告主張額は三、四〇九、四五五円であり、原告主張額は三、二七一、〇二六円である。

(二)  被告は、右株式は非上場株式であるところ、芳正興業は不動産貸付を業とする会社であり、その資本金額、総資産の帳簿価額、年間取引金額からみて相続税財産評価基本通達(一七八)に定める小会社に該当するので、その株式の評価はいわゆる純資産価額方式で評価すべきものであると主張する。そして、<証拠省略>によれば、芳正興業(代表者安野洋三)は不動産貸付を業とする会社であり、資本金一、五〇〇、〇〇〇円、課税時期直前期末である昭和四一年五月三一日現在の総資産の帳簿価額一五、五八〇、二九五円、同直前一年間における取引金額七一七、〇八四円であつて、株主九名の同族小会社であり、その株式は取引相場のない株式であることが認められる。

右の如き個人企業と実質においてほとんど変りない小会社の株式は会社の資産に対する持分的性格が濃く、その評価は、これを相続財産として評価する場合、個人の事業主について相続開始があつた場合にその有していた一切の事業財産が相続税課税評価の対象となることとの権衡も考慮して、相続開始時における一株当りの純資産価額によつて評価するいわゆる純資産価額方式によつて評価することは合理性を有するものであるということができる。

(三)  そこで右方式によつて評価すると、<証拠省略>によれば、本件相続開始時における芳正興業の資産の価額、負債の金額および直前期の利益処分として確定した配当金額等は別表(五)(財産目録(一))(但し、芳正興業の損益計算書または貸借対照表に掲げる数額と異なるものは、評価通達にもとづき評価替えを行つた額であり、その計算明細は別表(六)記載のとおりである)記載のとおりであることが認められ、右別表中資産の部合計額二二、七二五、八六二円から負債の部小計一、二六四、八二二円および配当金確定額一、五〇〇、〇〇〇円を控除した金額一九、九六一、〇四〇円を発行済株式数三〇、〇〇〇株で除して得られた金額六六五円が右会社の一株当りの株式評価額である。

従つて、被相続人安野次郎所有の芳正興業の株式の評価額は被告主張どおり三、四〇九、四五五円と認められる。

2  有限会社ヤスノ宝石店の出資金の評価額(同表番号4)

(一)  被相続人安野次郎が有していたヤスノ宝石店の出資金の評価について、被告主張額は二三、二〇三、五〇〇円であり、原告主張額は八、一八四、〇〇〇円である。

(二)  <証拠省略>によれば、ヤスノ宝石店は貴金属小売を業とす会社であり、本件課税時期における資本金は一、〇〇〇、〇〇〇円、同時期直前期末の総資産の帳簿価額は四、一〇九、一六三円、同直前一年間における取引金額は七、〇三〇、五七六円であつて、出資者五名の同族小会社であることが認められるので、右ヤスノ宝石店の出資金の評価をいわゆる純資産価額方式で評価する被告主張の評価方法は、既述(二、1、(2))のとおり相当であるということができる。

(三)  そこで、<証拠省略>によれば、本件相続開始時におけるヤスノ宝石店の資産の価額、負債の金額および直前期の利益処分として確定した配当金額等は別表(七)(財産目録(二))(但し、ヤスノ宝石店の損益計算書または貸借対照表に掲げる数額と異なるものは、評価通達にもとづき評価替えを行つた額であり、その計算明細は別表(八)記載のとおりである)記載のとおりであることが認められる。

(四)  右資産のうち、争点となつている借地権の評価は、簿外資産としてヤスノ宝石店が訴外株式会社近藤紡績所所有の名古屋市中区錦一丁目一九一四番宅地四七・五六坪上に有する借地権(本件借地権)について、右宅地の自用地としての価額(坪当り八七三、〇〇〇円)に借地権割合(七〇パーセント)を乗じて計算した価額によるものである。

今日においては、借地権は一つの客観的価値を有する財産とみなすことができるものであるところ、その借地権価額が地価の高低と相凾関係を有するものであり、地価に対する借地権割合をもつてその価額を算定する方法は広く承認せられているところである。被告の主張する評価通達(二七)による借地権の評価方法は合理性を有するものであるということができ、原告らも通常の借地権の評価方法としてはその妥当性を争うものではない。

(五)  原告らは、本件借地権の特殊性を主張し、本件借地権は右通常の借地権評価の方法によらず具体的妥当な時価によつて定めるべきであると主張する。すなわち、原告らは、本件借地権は裁判所における調停・和解調書によつて、その期限を昭和五一年一〇月末日と定められており、さらにこれを第三者に譲渡または転貸することが禁じられ、地上の建物を堅固建物に改築することが禁止されているなどの制約のある借地権であるから、本件借地権の評価は一般の通常借地権の評価と同視することはできず、その残存期間が約一〇年であるから地上権の評価基準(相続税法二三条)を準用して地価の一〇パーセントをもつてその評価額とするか、あるいは一般の借地権評価額の三〇分の一〇をもつてその評価額とすべきものであると主張する。

(六)  そこで検討するに、本件借地権について、原告主張の如き内容の調停・和解がなされていることは当事者間に争いがない。しかし、右事実と<証拠省略>によれば、本件借地権の期間については、昭和二一年になされた当初の賃貸借契約においては一時使用のための仮建築のみが許された短期間の賃貸借であつたことが窺われるが、後に裁判所の調停・和解により最終的に確定した本件賃貸借契約の内容は、本件借地権の存続期間を賃貸借契約成立時の昭和二一年一一月一日から三〇年後の昭和五一年一〇月末日までとするものであるから、原告ら主張の覚書作成時からでも右期間満了まで一六年余り存するのであつて、これを一時使用の目的のための賃貸借であるとみるのは無理であること、さらに期間満了の際には更新を許さず地主に明渡す旨のいわゆる明渡条項の定めがなく以後期間満了まで賃料を支払う旨の約定がなされていること等から判断すれば、本件借地権は建物の所有を目的とする通常の借地権であると認めざるをえない。すなわち、本件借地権は、期間の定めはあるが、一時使用のための借地権とは認められないから、借地法が適用されるものである。そして、借地法四条、六条によれば、期間の定めある借地権といえども、その期間満了に際し賃貸人に明渡を求める正当事由の存しない限り賃貸借契約が更新されるべく、また一般に更新される可能性が高いものであるのが実情である。これを裁判所における調停・和解によつて期限が定められたとの一事をもつて、期間の伸長が許されず、期間満了をもつて必ず終了すべきものとされた特殊な借地権であるとは到底認められない。もつとも、<証拠省略>によれば、昭和四八年に近藤紡績所から本件宅地の所有権を譲受けた訴外株式会社名古屋観光ホテルから原告安野宏枝に対し、昭和五〇年一一月二八日付書面でもつて、昭和五一年一〇月末日の期間満了をもつて本件宅地の明渡を求める旨の更新拒絶の通知がなされていることが認められる。しかし、右訴外名古屋観光ホテルに本件賃貸借の更新拒絶をなしうる正当事由があると認めるべき証拠は何ら存しないのである(しかも、右訴外名古屋観光ホテルは本件宅地をヤスノ宝石店が賃借していることを知りながらその所有権を譲受けたいわゆる新賃貸人であるから、その正当事由の主張には旧賃貸人に比べてより厳しい制約が存するものである)。将来右貸借関係がどうなるかについてはなお不確定であるとしても、このことは債権債務関係である借地権一般についていえることであつて、特に本件借地権についてのみ存することではない。

また、原告主張の譲渡制限、建築制限の特約の存在については借地権の無断譲渡・転貸の禁止、非堅固建物から堅固建物への改築禁止が当事者間に約定されていることは、むしろ通常の借地権一般についていえることであつて(もつとも、これらの点も一定の条件のもとに許可されることは借地法八条の二、九条の二等に規定されているところである)、本件借地権に特有のことであるとは到底認められないものである。

さらに、<証拠省略>によれば、前記新賃貸人訴外名古屋観光ホテルは昭和四八年中に訴外船橋小一から、本件宅地の東側隣接地に所在し、本件借地権と同様の内容を有する右船橋所有の借地権を坪当り一、七〇〇、〇〇〇円余(その借地権割合は約七九パーセントに当る)で買取つている事実が認められるのである。

結局、本件借地権は通常の借地権と何ら異なるところのないものであることが認められるのであつて、これを特に価値の低いものであるとする原告らの主張は採用することができず、本件借地権の評価についての原告らの主張は理由がない。

(七)  なお、原告らは、本件借地権を有する者は訴外ヤスノ宝石店であるから、同訴外会社が仮に本件借地権を譲渡してはじめて原告らにも利益が生ずる可能性を有するに過ぎない旨主張する。しかし、本件では、被相続人安野次郎の有した訴外ヤスノ宝石店の出資金を評価するに当り、同訴外会社の有する資産の一つである本件借地権を相続開始の時点において評価しようとするものであり、本件借地権の譲渡を理由に、処分価額を直ちに原告らの所得と評価して課税せんとするものではない。従つてまた、純資産価額方式により出資金を評価する場合には処分価額より法人税等四七パーセントを控除して評価すべきであるとの原告の主張も失当である。

(八)  よつて、本件相続開始時におけるヤスノ宝石店の財産の評価は、別表(七)の資産の部合計三三、三九四、九五七円から負債の部合計三、四四六、八五六円を控除した金額二九、九四八、一〇一円であり、これを出資総口数一〇、〇〇〇口で除して得られる金額二、九九四円が同会社の出資一口当りの評価額となる。

従つて、被相続人安野次郎の有したヤスノ宝石店の出資金の評価額は、同人の出資口数が七、七五〇口であることは当事者間に争いないので、これに右出資一口当り評価額二、九九四円を乗じて計算すると、二三、二〇三、五〇〇円となる。

3  北陸銀行の定期預金利息(同表番号10)

被相続人安野次郎が有していた北陸銀行名古屋支店の定期預金の昭和四一年七月二四日現在の経過利息として、被告は九、四七九円の存在を主張する。

<証拠省略>によれば、被相続人安野次郎は北陸銀行名古屋支店に合計五一三、四七三円の定期預金を有し、その昭和四一年七月二四日現在の経過利息が合計九、四七九円存したことが認められ、これに反する証拠はない。

4  芳正興業の預金、未払給料(同表番号18、19)

被相続人安野次郎が有していた芳正興業の預金および同会社の未払給料として、被告はそれぞれ三四、六六五円および三四、八五〇円存した旨主張する。

<証拠省略>によれば、右被告主張事実をいずれも認めることができ、これに反する証拠はない。

5  贈与税、延滞税(同表番号21、22)

被相続人安野次郎の負債として控除されるべき贈与税、延滞税については、原告らはその存在を否定するが、被告はそれぞれ二、〇五九、九〇〇円と四一六、三二九円を計上するものである。贈与税については後述する。

以上によれば、被相続人安野次郎の相続財産の課税価額は別表(三)(相続税計算表)記載のとおり二九、一一五、〇〇〇円であり、相続人である原告ら一人当りの相続税額は同表記載のとおり一、七六六、三〇〇円であることが認められる。そして、右税額を基として計算した過少申告加算税額は同表記載のとおり各五九、五〇〇円である。

従つて、本件相続税課税処分および過少申告加算税賦課決定処分は、その更正決定税額がいずれも右認定金額の範囲内であるから、適法であるということができる。

三  贈与税について

1  ヤスノ宝石店の社員の氏名、各出資口数等が被告主張どおりであること、ヤスノ宝石店は昭和三九年一月二六日資本増加の決議を行い、従来の資本総額一五〇、〇〇〇円(出資一、五〇〇口)を一、〇〇〇、〇〇〇円(出資一〇、〇〇〇口)に増加し、被相続人安野次郎が被告主張のように他の社員の出資引受権(合計二、一八三口)を取得して出資したことは当事者間に争いがない。

被告は、ヤスノ宝石店はその増資直前の資産が別表(一〇)財産目録(三))記載のとおりであり含み資産のある会社であつたから、被相続人安野次郎が増資に際し他の社員の出資引受権を譲受けたことは、相続税法九条の贈与により利益を取得した場合に該当すると主張する。

2  そこで判断するに、<証拠省略>によれば、増資直前におけるヤスノ宝石店の資産は別表(一〇)(但し、ヤスノ宝石店の損益計算書または貸借対照表に掲げる数額と異なるものは、評価通達にもとづき評価替えを行つた額であり、その計算明細は別表(二)記載のとおりである)記載のとおりであることが認められる。そして、右別表(一〇)の資産の合計額から負債の合計額を控除した金額二四、九八八、八八九円を、増資前の出資総口数一、五〇〇口で除して得られる出資一口の価額は一六、六五九円であつたと認められる。

このように含み資産を有する会社が増資をすれば、旧出資価値は増資との割合に応じて減少するのであるが、ヤスノ宝石店の本件増資後の出資一口当り評価額を所得税法施行令一一一条に定める方式により計算すると、その増資割合が五・六六六倍であることは当事者間に争いないから、次の計算どおり二、五八四円となる。

(16,659円+100円×5.666)/(1+5.666)= 2,584円

右のように、増資によつて出資口数が増加しただけ旧出資の価値は減少(本件では、一六、六五九円から二、五八四円に減少)したのであるが、新出資は旧出資と平均化されることにより一口当りの価額は払込金額を上廻ることになる。この価額が出資引受権の評価額であるが、増資前の出資割合を超えて新出資の引受がなされた場合には、その者は増資前の出資割合に応ずる新出資の引受をしなかつた者から出資引受権の評価額に相当する利益を取得したことになる。そして右利益は、相続税法九条の贈与により利益を取得した場合に該当するということができる。

そこで、本件増資による出資引受権の一口当り評価額は、前記増資後の出資一口当り評価額二、五八四円から増資払込金額一口一〇〇円を控除した金額二、四八四円である。従つて、被相続人安野次郎が前記安野滋子、安野洋三、角田薫の三名から取得した出資引受権合計二、一八三口の価額は、二、四八四円×二、一八三口=五、四二二、五七二円となり、右金額が被相続人安野次郎が贈与により利益をうけた金額であると認められる。

3  原告らは、被告の主張する本件借地権の評価額を争い、本件借地権は裁判所における調停・和解調書によつて、その期限を昭和五一年一〇月末日と定められ、これを第三者に譲渡・転貸することが禁じられ、地上の建物を堅固建物に改築することが禁止されているなどの制約のある特殊な借地権であるから通常の借地権に比べてより低額に評価されるべきであると主張する。

しかし、前記二、2、(六)で述べたとおり、本件借地権は一般の借地権と何ら変りのないものであつて、その評価も相当であると認められるから、原告らの右主張は理由がない。

4  さらに原告らは、被告の主張は企業における出資の実情を見誤るものであると主張する。すなわち、投資家は企業の収益性を重視するものであるところ、ヤスノ宝石店は業績不振でこれまで一度も利益配当した事実もなく、他の社員が引受けなかつた増資額を被相続人安野次郎がやむなく引受けて出資したものであり、本件は増資により利益をうける余地のない事案であると主張する。

しかし、本件のヤスノ宝石店のような閉鎖的な小会社の同族社員は会社財産との結合が強く、それだけ出資持分は会社の資産に対する持分的性格が強いといえるのであつて、出資持分の評価は会社の純資産の持分の評価と同視しうるといつてよい。また、同族の小会社においては利益配当を少なくして内部留保することが多く行われているものであり、本件ヤスノ宝石店が含み資産を有する会社であつたことは前記認定のとおりである。従つて、右会社の出資金の評価を純資産価額方式によつて評価することは相当であつて、利益配当の有無・配当率をその評価上常に考慮しなければならないとすることは適当でない。そして、本件増資による被相続人安野次郎の出資引受によつて、出資口数の割合に変化があり、同人の出資割合が増加したのであるから、その受けた増加分を利益とみて、これについて課税することは相当であるということができる。原告らの右主張は採用することができない。

5  以上の次第で、被相続人安野次郎は、ヤスノ宝石店の昭和三九年一月二六日の増資に際し前記五、四二二、五七二円の利益を得、その利益は相続税法九条により贈与によつて取得したとみなすべきであるので、法定額の贈与税納付義務を負担したことが明らかであるところ、同人の死亡により右義務を原告らが相続したものである。右利益金額を基として計算した被相続人安野次郎の贈与税の税額および右税額を基礎として計算した無申告加算税額は別表(二)(贈与税等明細表)の「認定額」欄記載のとおりであり、原告らの各納付税額も同別表記載のとおりそれぞれ六八七、三〇〇円と六八、七〇〇円である。

従つて、被告のなした本件贈与税課税処分および無申告加算税賦課決定処分は、その決定税額がいずれも右認定金額の範囲内であるから、適法であるということができる。

四  よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義光 窪田季夫 小熊桂)

別表<省略>

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